日本と高齢の親
2022年から毎年一回の帰国をしていて、そろそろ毎年じゃなくてもいいかなと悩んだのですが、結局今年も日本へ一時帰国することにしました。
両親は、見た目は元気なので、日本にいる長男に会うのが目的でした。
でもここに来て、伝わってくる両親の話はあまりいい話はなく、特に母は、お正月に長男と撮った写真を見ても、だいぶ歳を取ったなという感じです。
体は元気そうですが、母は最近は言っていることが支離滅裂で、もう普通の会話もままならずな感じのようです。長男によると普通に元気ということなので、今回会って確かめるというか、おそらく今あっておかないと次はないかもしれない。それは母の会話能力が2年後はどうなっているかわからないということです。
こうなると、何を話しておけばいいのかとふと考えてしまいます。
母に対して言いたかったことは多分たくさんあります。でも、もう会わないかもしれない、次回は会話もできないかもしれない母に今言いたいことは感謝しかない気がします。
四人姉妹、50歳すぎても仲が悪いのは、主に母のせいなので、それを恨んだこともありますが、私は早々にアメリカに来て、姉妹の因縁から逃れているので、今更どうしたいもなくて、母がもし亡くなったら、このまま縁の切れる姉妹もいるだろうくらいにしか思いません。苦しいのは、私ではなくて、姉妹の方だとすら思っています。
姉妹で真ん中の私は、責任も特になくて、母から離れるという自由を与えて頂いたと思います。
母とはずっと日本に帰国していなかったのもあり会話も一年に一度あればいい方。結婚も、離婚も、子育ても、離れているので母に口出しされることもなく。英語しかできない息子たちに干渉することもありませんでした。一回だけ、次男が子供モデルで広告なんかに出ていたときに電話できつく叱られました。私の仕事のこともアメリカにいるから母には理解もできないため批判すらできなかったと思います。私は存在もないかのように、母の会話にすら普段上がっていなかったようです。
一方、他の姉妹は母から離れることはできず、そんな母と過去30年付き合い、いろんな事があったはず。というか話は聞いているので想像できます。
母親に愛されたいというのは子供なら誰でも思うことで、私もずっと普通にそう願っていました。
でもいつからか、近くにいなくてよかったと思えるようになっていて、今は、恨みもないです。
2022年に12年振りに日本に帰ったとき、もうすでに80代になっていた母と、二人で、高尾山に行き来ました。思えば、あれが最後に母と二人で出かけて会話できたこととなりました。行きたそうにしていた母を見て、断れずに一緒に行ったんでした。
子供の頃も、中学までは、母と、地元の低山の山登りや冬のクロスカントリースキーに付き合っていて、それは母がやりたいことでしたが、他の姉妹たちはそういうことに付き合わないため、私がやっていた。母は、そうやっていつも私を頼りにしてくれていたのかもしれません。子供に頼る母ですが、それも恨みはもうありません。今となっては、あれで母が楽しかったのならよかった。
子供の頃、批判されたり、辛かったことや寂しかったことも数えきれないくらいあるのですが、記憶はありますが、もういいかと本音で思います。
春に帰って、母とどんな会話ができるのか会ってみないと分かりませんが、これで最後という気持ちを忘れず、優しくしてあげたいと思っています。
高尾山に行った時の写真です。もう3年半前になってしまいます。
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